ハツリストという蛮族がいる

「ちょうな」で木をハツる、木を耕す日々

彦根城 はつり発見伝

昨日、何度目かの彦根城

前に見たハツリ跡の記憶が曖昧になってしまい、どうしても確認したくなって、いそいそと出掛けて行きました。

 まずは天秤櫓。門の柱に早速はつり発見!じっと見ると、これはどうも楠の木らしい。

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そして、どう見ても材がそれほど古くない、修理時に差し替えた新材かと思われる。

 刃物は恐ろしく切れている。

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そこに差し込まれヒノキの新材の貫もこれまた見事な仕上がり。しかし、である、ここで小さな疑問が。昔の材もこんなに綺麗だったんだろうか?そこで、古い当初からと思われる柱を探してみると、あったのである。

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虫食いはあるし、風化のためにハツリ跡ははっきりしないのだけど、なんとなくザクザクっと疎らにハツったような跡がうかがえる。ここで、修理時に差し替えた材は、果たしてちゃんと昔のハツリ跡を再現しているのだろうか?という違和感が芽生える。ふと、見上げると、これまた新しい感じの、差し替え材だと思われる丸太が、しかし、これは、妙に平らな部分が目に付く。

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おそらくは丸太をカンナで形を整えた後でハツったのだけど、ハツリ残しがたくさんあって平らな部分が残ってしまっているのではないかと思われる。なんだか中途半端なのである。昔はマサカリでハツリっぱなしか、その後チョウナでコツコツハツるから、こんな平らなところがあるような梁は無いであろう。この小さな違和感は、天秤櫓の中にはいると、ますます増幅してしまうのである。改めて中を見ると、柱、梁、貫などに修理の時に差し替えたらしい新材が多いのに気付く。これ自体は、材の腐朽などで仕方ないことではあるのだけど、そこに施されたハツリ跡が、なんだかとても奇妙なのである。

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これは何であろうか、やたら平らな部分が残ってしまって、昔を再現出来てるわけでもなく、現代風に綺麗過ぎるでもなく、何がしたいのかさっぱりわからない仕上がりである。重要文化財でこれでいいのだろうか?? う〜ん、と頭を抱えていると、係のおじさんが何かを察したのか「あの向こうにある柱、あれが本当に古い柱だよ」と教えてくれる。で、ササ〜っと近づくと、いかにも古そうな松の柱にあったあった、これだよ〜、これは間違いなく古いハツリ跡〜。

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柾目は裂けやすいから、斜めにコツコツ刃物を当てていった様子が見て取れる。コツコツ、コツコツ、よく見るとハツリ目の真ん中の同じ場所にいつも同じような筋がある、間違いない、この時この人のチョウナの刃は少し欠けていた(笑)。いいんである、節のある板をハツっていれば少々刃が欠けることはある、研ぎ直したりモタモタしていたら親方に怒られる。お城はとにかく早く建てなきゃいけない。早くしないと、今度は親方が殿様に怒られる。刃に少々問題があっても、どうにかこうにか水準以上の仕事をしてしまうのも技術のうちである。このハツリ目をつらつら眺めていたら、なんとなく「目」が出来てきて、他にも古いハツリ跡がぼちぼち残っているのがわかってくる。

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これもおそらくは、松。 なんだか現代の目でみると、ややゴチャゴチャした感はあるけど、ハツリ跡を綺麗にというよりは木の目に逆らわず、むしろ木の目に沿ってコツコツとユラユラと、節の前後は裂けないように遠慮がちに、それでも時々は裂けつつ、まぁええか、と。これが本物やな〜と。

してみると、彦根城は昭和30年代に大々的に修理をしたようなので、その時差し替えた新材は、これらのハツリ跡に倣ったはずなのに〜、なぜか、新しいのは、こんな風になってしまっている。

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もうこれなんか、責任者出て来〜い!なレベルである。平らに削った柱に真横から刃物を当てて何だかよくわからない跡が付いている。道具の選択も間違ってるような気がする。使い手も相当アカンけど。櫓の門の柱は昔じゃ有り得んほど綺麗やし、中の柱は有り得んほど滅茶苦茶である。おそらく門の柱は目立つからということでハツリの専門職がハツったが上手に過ぎて、中の柱や梁は不慣れな大工がテキトーにハツリ跡を付けた結果ではないかと思われる。どっちも両極端過ぎて、昔のハツリ跡にちっとも似ていない。昭和30年代では文化財の修理というのは、こんなことだったんだな〜と、何だか残念な気持ちになりました。こういうことも、一度目に来た時は全く気づかず通り過ぎていたから、やはり「見る」というのは、何度も何度も通って「見る」ということだな〜と。

気をとり直して進んで行くと、太鼓門のヒノキの新材の柱。おそらく専門職によるキレッキレの仕上がり。

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やや上手過ぎる感のある新材のタルキ。

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いずれも、人間の技術が勝ち過ぎて、自然なユラユラ感が乏しいような気がしてしまう。

 

しかし、天守閣まで来たら〜ついにキタ〜、これやこれっ!これは古いっ。

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このユラユラ感。刃物の当て方も、ほぼ天秤櫓で見た古い柱にそっくり、きっと築城当初のヒノキの柱。だとすると樹齢はきっと100年を超えていたでしょうから、この木がどこかの山で芽吹いたのは500年以上前。それが400年前に伐られてハツられて今ここにある。やっぱり木は凄いなぁ、昔の人は偉いなぁ、と。あぁ、きっと今日はこの柱に会いに来たんだ。