ハツリストという蛮族がいる

「ちょうな」で木をハツる、木を耕す日々

ハツったお城がいいお城?? ハツリ跡から見えるもの 6月6日

これまた先月のことになってしまいましたが、姫路城にハツリ跡を探しにゆきました。

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天守閣までは遠い〜、の途中の小さな門にポツリポツリと、

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チョウナのハツリ跡があるにはあるのだけど、クンクン、どうもこれは昭和の匂いがする。材が見るからに新しい。それほど感心せずに通り過ぎる。もっといいものがあるはずだ。

 

ようよう天守閣の入り口ところで柱にハツリ跡を発見〜

f:id:hatsurist:20170717180759j:image割と感じはいいんだけど、材が白く風化していてちょっと見づらい。もっといいものがあるはずだ。

 

中へ入ると意外なことに、創建時の仕事として、ほとんどの柱や梁がカンナ仕上げになっていて、う〜ん、これは手間がかかってる〜手間かかってる〜分、わたし的には面白みが無い。

せめて床板だけでも〜、と思うのだけど

f:id:hatsurist:20170717181313j:imageなんだろ、これ、、めちゃ綺麗過ぎて、ほんまに元々こんな床やったんやろか??

いやっ、そんなはずないやろ〜と落し物を探す人風に、下ばかり向いて探索すると

 

「あなたが落としたのはこの床板ですか?」

f:id:hatsurist:20170717181735j:imageいや、絶対違う。思いっきり電気のカンナの跡残ってるや〜ん。

 

「この床ですか?」

f:id:hatsurist:20170717182154j:imageって、そう、これっ!わたしが落としたんじゃないけど、探してたんはこれっ。

やっぱり大阪城で発見したみたいに、古い板は釘穴が余分に開いてる。修理の時に一回めくって、もう一度張り直してるから。(大阪城の記事はこちらはつり発見伝 大阪城 再訪編 3月19日 - ハツリストという蛮族がいる

f:id:hatsurist:20170717182441j:imageきっとこれが創建当初の床板や〜

他にもあるあるf:id:hatsurist:20170717183024j:imagef:id:hatsurist:20170717183032j:image

総じて古い床板は材が悪いというか〜はっきり言って粗末です。材も松だったり栂だったり、色々です。そりゃこんだけ大きなものを建てるんだから、そんなにいい材ばかり使ってられないし、むしろこれが当時の標準だったのだろうかと想像します。してみると〜はじめに見たような、やけに綺麗なヒノキの床板は、さすがに平成の修理のものではなさそうだから、どうも昭和30年頃に始まった解体修理の時に張り替えたものらしい。それにしても、材が綺麗過ぎる割には電気の機械の刃跡が思いっきり残ってたり、残ってなかったり、かなり雑な印象です。本来なら創建当初の材に倣ってチョウナのハツリ跡が付いてないといけないのに、昭和の床板にはハツリ跡が一つも見当たらない。予算の関係という言い訳も出そうだけど、お城の床板には不釣り合いなほど高級な材料をあれだけ沢山使う予算があれば、全ての板をハツリ仕上げにするくらい簡単に出来たはずや〜ん。要するに、ハツリ跡みたいなものは、そこまで価値を認められていないので、べつに再現せんでもええや〜んみたいなことではなかろうか。で、床板は、文化財なんだから国宝なんだからいい材料を使わなくては、という思い込み一つで、ああいう綺麗な節の無いヒノキの板ばかりという、おかしなことになってしまったのではなかろうか。また江戸時代に比べれば、製材の機械や流通の発達によって板の良材が格段に手に入りやすくなったという時代背景も影響しているはずです。

建築が時代を表す鏡だとすれば、江戸時代は材は良くなくても技術があり、昭和には材が良くなったが人の手業は後退した、ということが透けて見える。う〜む、ハツリ跡の哲学である(笑)。

 

そして〜、平成は? というと、アカンっ、アカンやつを見つけてしまった。

f:id:hatsurist:20170717220330j:image右の黒い板、二枚。江戸でも昭和でもない平成しかありえへん。。。ヒノキに古色塗り、黒すぎ、江戸時代のオリジナルより黒いし、わけわからん。この方の色彩感覚はどうかしてしまったのだろうか? この城が、 平成の修理後「白過ぎ城」と揶揄されていたことが思い出される。ひょっとしてこの修理工事全体の色彩感覚が狂っていたのだろうか?ちなみに左から昭和・江戸・平成 という並びです。おそらく、江戸時代か昭和の床板が傷みが激しくて、この度の修理で張り替えたのでしょうが、あまりにひどい。よくこれを江戸時代のオリジナルの真横に張れたもんだと。張ってて、おかしいな、とか思わなかったんかな〜。おそらくは図面に「古色塗り」とあったのでしょうが、古色だって色々あるわけで、これは民家で囲炉裏の煤で煤けた場合の古色やんっ。お城には囲炉裏など無いので、そうそう煤けるわけもなく〜なのに、この方の「古色」の引き出しにはどうやら一種類しか無いらしい。これも、カンナ掛けて、間違った色を塗ってるのと同じ手間でチョウナを掛けることは十分可能なので、予算の関係というたわ言は通用しない。上からの指示があったとしても、これを許容してしまう現場の人間の感覚がちょっと信じられないくらいです。平成の世は、昭和よりさらに職人の技術が後退し、ほぼサラリーマン化してしまったのではないだろうか。仕事時間の間さえ働いてりゃいいや、というような、上からの指示に従っておきゃいいや、というような。こういう人って、ま、たぶん普通にいい人なんだろうけど、一緒に酒飲みたいとは思わんね。

 

それにしても惜しいなぁ〜と思うのは、姫路城の年間来場者数は200万人超えるそうな。これがもし、今までの修理が適切になされて、床板がハツリ仕上げになっていたら、毎年200万人以上がハツリ仕上げの床板を体感する事になり、仮にこういう床板を自分の家に取り入れたいというような人が、一万人に一人くらいの確率でしか存在しないとしても、毎年200人の人がハツリ仕上げの床板の施主になる可能性があったわけで、とてつもない需要を生み出した可能性がある。恐ろしいまでの機会損失である。まさしく、文化財保全の仕事をする方々が伝統技術の衰退に手を貸し、トドメを刺さんとするのである。

 

この度の修理の総工費は24億円だそうな。。。その100分の1あれば床板全部ハツれたやろ〜。

嗚呼、やがて哀しき姫路城